大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和37年(ネ)1159号 判決 1964年3月26日

控訴人 立正信用組合

右代表者代表理事 小川登

右訴訟代理人弁護士 辻武夫

被控訴人 大上あきの

外四名

右被控訴人ら五名訴訟代理人弁護士 元原利文

主文

一、原判決を取り消す。

二、控訴人に対し

(1)  被控訴人大上あきの同福居芳市は連帯して金一六、三三三円

(2)  被控訴人大上一三、同福居芳市は連帯して金一〇、八八八円

(3)  被控訴人大上朗子、同福居芳市は連帯して金一〇、八八八円

(4)  被控訴人大上尅司、同福居芳市は連帯して金一〇、八八八円

ならびに右各金員に対する昭和三四年六月一一日以降完済まで金一〇〇円につき一日金七銭の割合による金員を支払え。

三、控訴人のその余の請求を棄却する。

四、訴訟費用は第一、二審を通じこれを六分し、その一を被控訴人らのその五を控訴人の各負担とする。

五、前第二項は控訴人において、被控訴人大上あきのに対し金五、〇〇〇円、被控訴人福居芳市に対し、金一五、〇〇〇円、その他の被控訴人ら三名に対し各三、〇〇〇円の担保を供するときは、それぞれ仮りに執行することができる。

事実

≪省略≫

理由

一、被控訴人福居において、同人の住所、氏名、印刷部分の成立を認め、≪証拠省略≫を総合すると次の事実を認めることができる。

「控訴人は、昭和三二年九月一三日訴外三木朝雄に対し金三〇万円を、支払期日三ヶ月後、利息は日歩五銭の割合債務不履行の場合における遅延損害金は日歩七銭の割合とする約定のもとに貸付け、訴外大上仁一郎及び被控訴人福居芳市は三木朝雄の金三〇万円の借入金につき連帯保証をした。ところが右三木は期日にこれを返済することができなかつたので、その後数回にわたり控訴人から支払延期の承認を受け、その都度約束手形を書換えて同人に交付し、同趣旨のもとに昭和三三年一二月一〇日、満期三四年一月一八日なる約束手形を控訴人に差入れて、右債務の支払の延期の承認をえたものである。」

右認定に反する証人三木朝雄の証言部分ならびに乙第一二号証の記載の一部は措信せず、他に右認定を左右する証拠はない。

二、被控訴人らは、右債務は返済ずみである旨主張するが、これを認めるに足る証拠はない。

三、被控訴人は、右保証契約がその主張のような根保証であることを前提として、公序良俗違反その他を主張するが、該契約が根保証でないことは前認定により明らかであるから、右主張はいずれも理由がない。

四、被控訴人らの相殺の主張につき判断する。

三木朝雄が控訴人に対し昭和三四年七月二〇日到達の内容証明郵便により、同人が控訴人に対し有していた昭和三三年一二月一〇日満期据置預金二五万円、同年七月一七日満期ゑびす定期四、〇〇〇円のうち一、〇〇〇円合計二五一、〇〇〇円と前記借受金債務とを対当額で相殺する旨の意思表示をしたことは、当事者間に争がなく成立に争のない乙第二号証によれば、被控訴人ら主張の右自働債権の存在が認められ、右両債権は相殺適状にあつたことが明らかである。

控訴人は、右相殺の意思表示は、無効である旨主張する。これに対し被控訴人は、控訴人がさきに、右相殺の意思表示を和解において取り消す合意をした旨主張したから、取消の前提として相殺の意思表示を有効と認め(少くとも事後においてその効力を承認し)たものであつて、その後になされた相殺無効の主張は自白の撤回に該るから異議を述べる、というのである。しかしながら、本件記録によれば控訴人が被控訴人の右相殺の抗弁に対し、和解による相殺の取消を主張していたところ、当審の昭和三八年一〇月三〇日の口頭弁論期にいたり、右相殺の意思表示の無効を主張したものであるけれども、控訴人は原審の昭和三五年九月一九日の口頭弁論期日で右相殺の抗弁を争つており、右合意による相殺取消の主張は必ずしも相殺の有効を前提とする趣旨のものとは認められないのみならず、一般に、かかる法律効果の自白はいわゆる権利自白であつて、当事者は何時でも右主張を取り消しうる性質のものであるから被控訴人の右主張は理由がない。

よつて、相殺の意思表示が無効であるか否かについて検討するに前書甲第一号証(約定書)第四条によれば、控訴人と前記三木間において本債務不履行の場合には債務者本人の控訴人に対する預金その他一切の債権を担保に供したものとして適宜処分して借用金の弁済に充当せられても異議なきものとする旨の約定がなされていることが認められるが、右約定は、債務不履行の場合において、控訴人側が債務者の預金その他の債権を借用金債務に充当しうる権限を附与する趣旨に過ぎず、控訴人が右預金を右約定により処分する以前において債務者本人が控訴人に対する債務のために相殺する旨の意思表示をなすことまでも禁止する趣旨を含むものとは認められないから、控訴人の右主張は理由がない。

また控訴人は、本件相殺は民法の法定充当の方法によるべきであると主張するが、成立に争のない乙第一号証の一によると、右相殺当時三木朝雄は控訴人に対し他に相殺適状にあつた数個の債務を負担しており、本件自働債権をもつて右債務全部を消滅させるに足りなかつたことを認めうるけれども三木朝雄が右相殺に際し弁済を充当すべき債務を指定したことは右相殺の意思表示自体に照し明らかであるから、本件は法定充当の方法によるべき場合に該らない。また、成立に争のない甲第三号証によると、右相殺後の昭和三四年九月二三日控訴人と右三木との間で成立した裁判上の和解により右相殺の意思表示を撤回し、右自働債権につき新たな充当を協定したことを認めうるが、右相殺が前記のとおり有効である以上、これによつて、連帯保証人たる訴外大上仁一郎ならびに被控訴人福居のためにその限度において債務消滅の効果を生じたのであるから、仮にその後にいたつて、主債務者三木と被控訴人間においてのみ、前記相殺の撤回あるいは、新たな充当の協定がなされたとしても既に右連帯保証人らに対し生じた相殺の意思表示の効力はこれにより何らの消長をきたらすものではない。

してみれば被控訴人らの相殺の主張は理由があるから、これを認容する。そうすると、控訴人請求金額から金二五一、〇〇〇円を控除すれば元金四九、〇〇〇円が残存することになる。

五、訴外大上仁一郎が昭和三四年一一月七日死亡し、その妻被控訴人大上あきの、その子同大上一三、同大上朗子、同大上尅司が同人を相続したことは当事者間に争がない。

被控訴人大上ら四名は、大上仁一郎の本件保証は、期限の定めもなく一身専属的なものであつて、相続の対象とならない旨主張するが、本件保証がいわゆる根保証に該らないことは前記のとおりであるから、右保証債務が一身専属的のものと認むべき理由はなく、右主張は理由がない。

六、しからば被控訴人らは、残金四九、〇〇〇円及びこれに対する相殺適状の後である昭和三四年六月一一日以降完済まで日歩七銭の割合による遅延損害金を(但し、被控訴人大上らはその相続分に応じ大上あきのはその三分の一、その他はその九分の二につき)連帯して控訴人に対し支払うべき義務があるから、右の限度で控訴人の請求を認容し、その余を失当として棄却し、右と趣旨を異にする原判決を取り消すこととし、民訴法八九条、九二条、九三条、九六条、一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(判事 斎藤平伍 中平健吉 裁判長判事沢栄三は転任のため署名捺印することができない。判事 斎藤平伍)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例